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FRUITING BODIES|Ying Ang

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キノコを生物学的形態であると同時にフェミニズムのメタファーとして捉え直す一冊である。そこでは、支配的な生殖観や女性の身体をめぐる物語に異議を唱える、生成的で出現的な力としてキノコが位置づけられている。本シリーズは、作者が拠点とするメルボルンの自宅近くのインナーシティの公園を歩きながら撮影されたもので、豊穣性のフェティシズムが、女性、自然、生殖に対する文化的認識をいかに形づくってきたのかを検証する。また、成長や繁茂は常に生殖という要請に奉仕しなければならないのか、という問いを投げかけている。 本書に収められた写真は、単独で直立するもの、親密な対を成して群生するもの、腐敗し胞子を拡散させるものなど、さまざまな出現の状態にあるキノコを捉えている。そこではフルーティング・ボディ(子実体)が、柔らかさと強靭さを併せ持ち、官能的でありながら一義的に定義できない存在として、女性の身体を想起させる不穏な代替物となる。うねる茎や質感のある傘、地表を押し分けて現れ、やがて大地へと還っていくその過程は、美術や文化において性的かつ生殖的に枠づけられてきた女性身体のイメージを喚起する一方で、それに抗するものでもある。生産の器としての女性像を強化する伝統的な豊穣の象徴とは異なり、これらのキノコは腐敗と再生の循環のなかで繁茂し、生と死、変容の境界を曖昧にしていく。 進化論の一部の学派では、閉経後の女性の役割について、老いを生物学的な余剰としてではなく、共同体を支え豊かにする不可欠な生命段階として再定義してきた。そこでは、出産可能年齢を超えて生き続けること自体が、知識や知恵、文化的記憶を次世代へと伝える重要な機能を担うとされている。同様に、『Fruiting Bodies』は、生殖を伴わない生命の局面に宿る力に光を当てる。森の地表下で目に見えないまま持続し、栄養を送り、関係を結び、生態系を形成する菌糸体のように、豊穣性の外側にある女性たちもまた、社会を深く形づくり続けている。 エコフェミニズムの研究者たちは長年にわたり、父権的なシステムが、大地と女性の身体の双方を、同一の論理によって搾取してきたと論じてきた。それは、絶え間ない生産、管理、効用を要求する論理である。本書はこれに対し、菌類的モデルを受け入れることで応答する。そこに提示されるのは、階層的ではなくリゾーム的であり、所有的ではなく集合的であり、従順ではなく撹乱的な豊穣性である。イン・アンは、豊穣性のフェティシズムに異議を唱え、知的で、共同的で、絶えず変化し続ける、別様の生殖的力の可能性を提示している。 <以上、ディストリビューターインフォより/画像2枚目以降版元サイトより引用> PERIMETER EDITIONS 2025年 H270xW230mm 160P _______________________ 【発送方法・送料について】 
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